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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)1213号 判決

原告 破産者杉原産業株式会社 破産管財人 吉田正文

被告 七殴産業株式会社

主文

一  被告は原告に対し一五〇万円およびこれに対する昭和四四年二月一二日以降右完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は五分し、その一は被告の、その余は原告の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告は、「被告は原告に対し八〇七万七、〇七六円およびこれに対する昭和四四年二月一二日以降右完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一  訴外杉原産業株式会社(以下破産会社という。)は、昭和四三年九月一九日大阪地方裁判所において破産宣告を受け、原告はその破産管財人に選任されたものである。

二  破産会社は、これより先き同年四月一六日被告会社に対し一、〇〇〇万円を超える売掛代金債務の内八〇七万七、〇七六円の代物弁済として、左記上欄記載の各訴外会社に対し有する下欄記載金額の各商品売掛代金債権を譲渡した。

債務者        債権額

1  三景産業株式会社   九七万六、二一一円

2  神戸工業株式会社  四五〇万五、四二九円

3  早川電機工業株式会社 九二万二、七七九円

4  右同(奈良工場関係) 四六万六、五〇七円

5  日動化工株式会社   二七万八、六八〇円

6  熊野合成株式会社   六二万七、六七〇円

7  ダイハツ工業株式会社 二九万九、八〇〇円

合計        八〇七万七、〇七六円

三  破産会社は多数債権者を害することを知りながら右債権譲渡に及んだものである。破産会社が右のとおり悪意であつたことは、同会社が右債権譲渡当時約六二名の債権者らに対し総額約八、六〇〇万円の債務を負担していながら確実な残存資産は右譲渡債権のみであつて不動産などは所有せず既に経済的に破綻しており、数日後の同年四月一九日には不渡手形を出して倒産し、同月二二日にはその代表取締役の地位にあつた杉原正行が苦慮の余り自殺したことなどから推しても明らかである。

四  よつて、原告は、破産法第七二条第一号に基づき破産会社の被告に対する代物弁済としての本件債権譲渡を否認し、被告に対し利得の償還として右譲受債権に相当する八〇七万七〇七六円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四四年二月一二日以降右完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と陳述し、被告の主張について、被告が破産会社に対し約束手形又は現金により融資していた事実、破産会社がかねてから被告に対し売掛代金債権の譲渡を約していて、本件債権譲渡はその履行としてなされたにすぎないとの事実、本件債権譲渡当時被告の破産会社に対する債権は大部分弁済期が到来していたとの事実、被告の松本に対する本件譲受債権の譲渡が取立委任のためであつたとの事実および被告の主張第四項の被告善意の事実はいずれも否認、本件譲渡債権の回収に関する事実は知らない、と述べた。

証拠〈省略〉

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および主張として、

一  請求原因第一項の事実は認める。

二  同第二項の事実は認めるが、同項掲記の債権譲渡を受けた日は昭和四三年三月三一日であり、被告の破産会社に対する同日現在の債権は一、二四七万五、七四二円に及び、その内三〇八万九、六四八円は次のとおり約束手形又は現金により融資した貸金債権であつた。

貸付年月日    金額(円)  備考

1  42、11、2 二七万      約手

2  〃 12、12 二九万八、六〇〇 〃

3  〃       三三万二、九〇〇 〃

4  〃       三二万八、五〇〇 〃

5  43、1、23 三四万五、七〇〇 〃

6  〃       二八万九、六一〇 〃

7  〃 2、10  四五万      現金

8  〃 2、15  四二万六、〇〇〇 現金

9  〃 3、3   三〇万      〃

10  〃 4、6  四八万〇、一三八 〃

三  同第三項中、破産会社が本件債権譲渡当時債権者らを害することを知つていたとの事実、破産会社の当時の負債額、資産内容に関する事実、破産会社が当時既に経済的に破綻していたとの事実はいずれも否認し、その余の事実は認める。

破産会社の被告に対する本件債権譲渡は詐害行為ではない。その事情は次のとおりである。

1  破産会社は、本件債権譲渡当時、原告主張の譲渡債権を含む合計一、二八〇万余円の売掛債権、合計一六五万余円の受取手形、同じく一四五万余円の未収金、同じく一、二一七万余円の貸付金等の債権を有し、これに什器備品、機械装置、在庫商品等の評価額を加算すると、総合計八、〇〇七万余円の資産を有していたものである。

2  本件債権譲渡がなされた経緯をみるに、元来破産会社は昭和三一年頃から主としてスコツチライトの加工販売等を営んでいたところ、昭和四一年一〇月負債が三、〇〇〇万円を超えて経営が行きづまつたため、その頃被告を筆頭とする大口債権者らに対し債権の一時棚上げを求めるに至つた。その結果、被告は、以後の取引はすべて現金決済とし、それができないときは破産会社の売掛代金債権の譲渡を受けるものとすることにして旧債の六か月間棚上げを承諾して取引を継続した。ところが、破産会社はその後ますます被告らに対する買掛債務が増加し、破産会社代表取締役杉原正行は昭和四二年一一月はじめ被告に対し資金援助を懇請し、その担保として破産会社の売掛代金債権を譲渡することを予約した。そこで被告は右申入れを承諾し、資金援助の見返りとして破産会社の売掛債権の譲渡を受けることを予約して前記のとおりの貸付を重ねたため、破産会社は被告との間で右予約を完結し、その履行として本件債権譲渡をなし、被告に対する債務の代物弁済としたものである。

3  被告の破産会社に対する前記債権一、二四七万余円の内売掛代金二七万六、〇〇〇円を除いた部分は、被告が本件債権譲渡を受けた当時既に弁済期が到来していた。

4  被告は、本件債権譲渡を受けて後昭和四三年五月一六日訴外松本伍郎に対し取立委任の趣旨で右譲受債権を譲渡したが、破産会社はこれより先き同年四月一九日不渡手形を出して倒産し同月二二日債権者会議が開かれ代表委員五名が選出された。そして同年六月二四日右五名の内訴外大野恒久、同竹村福蔵ほか一名の代表委員と被告代理人松本伍郎との間において、被告譲受債権の内請求原因第二項掲記1ないし6の分を協力して取立て回収金を被告とその余の債権者らとにおいて折半分配する合意が成立した。そこで右松本はその頃右大野らに右債権の取立を委任したところその後被告は一五〇万円の送金を受けたにとどまる。

四  仮に、本件債権譲渡は、破産会社が債権者を害することを知つてなしたものとしても、被告はその譲受当時これにより債権者を害することは知らなかつた。

と陳述した。

証拠〈省略〉

理由

破産会社は昭和四三年九月一九日原告主張のとおり破産宣告を受け、原告がその破産管財人に選任されたものであること、破産会社は、同年四月一九日不渡手形を出して倒産したが、これより先き、被告に対し一、〇〇〇万円を超える債務を負つていたためその内八〇七万七、〇七六円の支払に代えて請求原因第二項掲記のとおりの各債権を譲渡したことは、いずれも当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第二ないし第八号証の各一、二、証人岡田大六の証言により成立の認められる甲第二〇号証の一、二、右証人岡田、証人堀部真一の証言によれば、右債権譲渡がなされた日は原告主張のとおり同年四月一六日であると認められる。被告代表者本人の供述中右債権譲渡の日は同年三月末頃とする部分は、せいぜいその頃破産会社と被告会社との間に債権譲渡についての話合いがもたれるようになつたことを示す程度の趣旨と解され、右認定を左右するには足りないものであり、他に右認定を左右する証拠はない。

ところで、前掲甲第二ないし第八号証の各一、同第二〇号証の一、二のほか、成立に争いのない甲第一号証の一、同第九号証、同第一〇号証の一ないし四、同第一一号証の一、前提証人堀部の証言および弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一三、第一四号証の各一、二、同第一五号証、前掲証人岡田、同堀部の証言および被告代表者本人尋問の結果によると、被告会社と破産会社とは昭和三九年頃から取引を継続していたところ、破産会社が昭和四一年頃倒産に瀕した折、被告は破産会社に対し数一〇〇万円の債権を有していたが、他の債権者と共に債権を棚上げして破産会社の再建に協力したこと、しかしながら、その後破産会社の取引債務はかさみ、前記のとおり倒産した当時その総額はおよそ八、六〇〇万円に達し、被告に対する譲渡債権を除いてはさしたる資産もなく支払不能の状態に陥つたこと、破産会社の被告に対する本件債権譲渡は、被告会社代表取締役森下則秋が破産会社に対する売掛代金債権の回収を計るため東京から経営コンサルタントなるものを同伴して大阪の破産会社へ出向き、破産会社代表取締役杉原正行に直接折衝し、対象債権も一流会社に対する分を指示して右杉原の承諾をとりつけたものであること、右杉原は、その折同席した破産会社取締役岡田大六に対し右債権譲渡にふみ切ることを説明したところ、同人から、被告会社に債権譲渡すれば他の債権者の反発を招くとの意見を受けたにも拘らず、敢えて右債権譲渡をなすに及んだこと、破産会社には系列会社としてスギロン株式会社があり、両会社の取締役の内数名は双方を兼職しているものであつたが、昭和四二年七月から翌四三年四月はじめまでの間は前記杉原、森下の両名が共々に右スギロンの代表取締役であつたことを認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。(被告は、昭和四二年一一月はじめ破産会社に対する資金援助の見返りとして債権譲渡を受けることとし、本件債権譲渡はその履行としてなされたにすぎないと主張するが、被告代表者本人の供述によれば右同月はじめ被告と破産会社との間においてじ後の取引決済の方法等を打合わせた折作成されたものという乙第一〇号証をみても右主張の趣旨にそう記載はなく、他に前認定を覆えして右主張事実を認めうる証拠はない。)

右認定事実に加えて前記のとおり本件債権譲渡がなされた日の僅か三日後に破産会社が倒産した事実を併せ考えると、本件債権譲渡は、それが同額の債務の支払に代えてなされたにしても、客観的に破産会社の一般債権者を害する行為であることは疑いないばかりか、前記破産会社代表取締役においてもこのことを十分知りながら、求められるままに、密接な間柄の被告に破産会社の倒産による迷惑を及ぼさないよう弁済について格段の便宜を供与することとし、いうなれば被告と共謀し他の債権者に対する害意すらももちながら敢えて本件債権譲渡をなすに及んだものと推認されるので、本件債権譲渡は破産法第七二条第一号本文に該当し否認の対象になるものというべきである。

被告は、本件債権譲渡が破産会社の他の債権者を害することを知らなかつたと主張するが、これを認めうる証拠はなく、むしろ、前掲各事実によれば、被告が本件債権譲渡当時右の点につき善意であつたとは到底考えられないので、右主張は採用できない。

ところで、原告は、破産会社の被告に対する本件債権譲渡を否認し、これを前提として被告に右債権全額の償還を求めるが、一般に債権譲渡が否認されれば、責任財産の帰属につき譲渡前の原状が回復されて否認訴訟本来の目的を達する筈であるから、譲受人に対し債権譲渡の否認を前提として当然に当該債権額の償還を求めることは法の予定しないところであつて許されないものと解するのが相当であり、ただ、債権の譲受人が既に当該債権の取立を完了している場合には、原状回復の方法として取立額の償還を求めることが容認されるものというべきである。

したがつて、被告に対し本件譲渡債権全額の償還を求める原告の本訴請求は、被告が譲受債権の回収を得たことを自陳する一五〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四四年二月一二日以降右完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるから認容すべきであるが、その余の部分については原状回復として金銭支払を求める原因事実につき主張立証がないので失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奥平守男)

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